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  051
  かえるのピータン

 蓮の絵の表紙に惹かれて、この本(どい かや作・絵 ブロンズ新社)を買いました(作者には、しかられそうですが)。わずか32頁という薄い本ですが、かえる・渡り鳥・蓮の1年間の営みがギューッと詰まっています。
 空中・地上・地下・静と動、それぞれの生活形態は異なるのですが、たがいに喜びをあたえあう関係が築かれています。例えば、渡り鳥はかえるに世界中のでき事を話して聞かせます。かえるはお返しに、森のなかの生活を話します。
 蓮は、かえるのために心地よい環境をつくります。春、水面にでたばかりの浮葉は、かえるのロッキングチェアです。夏の立葉は、強い陽射しをさえぎり、その葉陰を涼しそうに泳ぎまわるオタマジャクシ。蓮の花は、その世界を美しく彩り、芳香を漂わせます。秋、それまで緑色をしていた蓮の葉も、枯れはじめ、そろそろ冬眠の準備です。冬、かえるも蓮根も、ほっこり、土の中…。また作者にしかられそうですが、表の主役であるかえるを支えるのは、陰の主役ともいうべき蓮、そんなお話と、わたしは読みました。この本の対象年齢はどう設定されているのでしょ

う? 「まわりの環境と共存し、自分のいる場所で輝く」というテーマは、幼児や児童だけのものではないでしょう。その根底には、生命を将来につなげていくという考えが流れています。
 もしも、この本に蓮の実が登場していたら、その内容はもっと遠くの未来までも照らすものになったような気がします。見返しにある群生する蓮の絵はとても素敵です。枕元にあれば、「睡眠の導入剤」になること受けあいです(W)。

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  052  そうべえごくらくへゆく

  この童話(たじま ゆきひこ作・絵/童心社)の魅力は、悪い子の楽しさ満開な、ハチャメチャ話です。
 40年前に流行った「帰ってきたヨッパライ」というフォークソングが脳裏に響きました。「天国よいとこ一度はおいで、酒はうまいしねえちゃんはきれいだ、ワッ、ワッワー…」(これって、どうみても極楽のことですね…。)
 そうべえら3人は最初、糞尿地獄に落とされますが、閻魔大王を巻き込み、極楽の扉を開かせる不良中年ぶりを発揮します。そこで、阿弥陀様を酔っぱらいにして踊らせるんですから、この歌の上を行きます。
 でも極楽ってそんないいところなの?快楽を極めた、欲望を拡大し切った世界なのに…?どうもおかしい。お釈迦様は欲には際限がないから欲を縮小しなさい、と「少欲知足」を説かれています。
 すると、極楽にはお釈迦様はおいでにならない?
 極楽浄土=欲の極地=糞尿地獄。ホントはこういうことだったのか。う〜ん?

 地獄はひどいとこ、極楽よいとこと子供のころから昔話で聞かさ

れてきたけど、そんな単純なことではなかったのかも。鼻をつまみ顔をそむける糞尿地獄も、時をかけ微生物の力で発酵されてしまうと、臭みも消え肥料に変わるということもある。何事も生きていく糧としなさい、と言うかのように糞尿がたっぷり栄養となり、みごとな蓮を咲かせるんですねー。
 昔のわかりやすい勧善懲悪の童話と違って、物事の表裏を面白おかしく突いています(W)。

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  053
  わにくん   

 ワニは古代エジプトでは、ナイル川にすむ神であり、セベク神として祀られていました。コム・オンボ神殿の壁画に描かれているセベク神の頭部はワニです。小礼拝堂にはワニのミイラが残されています。
 手元にある通販カタログをみると、「ラグジュリアーな気品漂うクロコダイルのバッグは、大人の着こなしに欠かせないアイテムのひとつ」とあります。ワニ皮のハンドバッグの値段は18万9千円です。ワニにとって、現代はまさに受難の時代なのです。
   『わにくん』(作=ペーター・ニクル、絵=ベネッテ・シュレーダー、訳=矢川澄子、1980年、偕成社)には、人間社会にたいするワニの反撃が痛快に描かれています。ブラック・ユーモアの効いたやや辛口、大人むけの絵本です。
  主人公のわにくんがすむナイル川には、蓮の花が美しく咲き乱
れています。そのわにくんがパリまで旅行に出かけて、ひと騒動、晴天のへきれきの体験、運命の逆転・・と筋は展開していきます。どの頁にもおしゃれで、魅力的な絵があります。
 この本は「世界で最も美しい本の賞」に輝きました(*)。

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  054
  かえるのあまがさ
 
「おいけの あめふり ぴち ぱた ぽん  はたけの あめふり ぴち ぱた ぽん・・ はっぱの ぎょうれつ つづいてる あめ ふれ あめ ふれ ぴち ぱた ぽん」
 それはどこか懐かしさを感じさせる田園風景です。ハス池には、この雨で元気づいたカエルたちの姿があります。「ぴち ぱた ぽん」ハスの傘で、雨をうけながらカエルたちの行列はつづきます。
 この『かえるのあまがさ』(作・与田凖一、絵・那須良輔、1977年、童心社)は、小学校の教科書にも採用されたものです。全国学校図書館協議会の「よい絵本」にも推薦されています。
 発行は昭和52年(1977)ですが、挿絵のタッチは昭和20年代を思わせるレトロなものです。とてもいい雰囲気です。  

 ゆっくり朗読すると、里の景色が浮かびあがってくるようです。ま

た、やや早口で朗読すると、ラップのような、リズミカルなのりで体が動いてしまいます。脳科学者が絶賛する「音読の効果」が期待できそうな絵本です(*)。

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  055
  はすいけのぽん  

 はすのいけにはなにがある / あかくちいさなつぼみのこ・・
ゆっくり、大きな声で読んでみると、幼い頃に戻ったような気持ちになります。
  「もういいかい」「まあだだよ」・・
『はすいけのぽん』(作・古館綾子 絵・山口マオ 岩崎書店 2007年)は、小さかった蓮のつぼみがだんだん大きくなり、花が開くまでの様子をかわいらしく表現しています。
 はす池の中やまわりに棲む生き物たちが、(大きなコイやアメンボ、しましまネコ、タニシやザリガニ、カエルやカメやホタルなど)が「もういいかい」とつぼみにたずねます。まわりのみんなが、いつつぼみがが開くのかなと待っている様子や、みんなの期待を集めながら、ちゃんと花開く時期を知っていて、すっと立っているつぼみのこが、見開きのくっきりとした絵とともに、リズミカルな言葉で

気持ちよく描かれています。
 蓮は、ふしぎな植物です(作者のあとがきの最初のことばです)。あとがきもぜひ読んでみてください。蓮のあれこれがいろいろ載っていますよ(O)。

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  056
  うしおくんとはすひめちゃん 

 蓮は花が美しいだけでなく、食べ物にも、薬効にもなります。手元の『クスリになる野菜と野草』によれば、薬効として強壮や貧血などがあり、その薬用部分も、種や根などすべてにあるそうです。
 『うしおくんとはすひめちゃん』(伊藤秀男=作・絵、農文協、2007年)という童話は、そんなハスの効用を童話のかたちで描いています。
 風邪をひいたうしおくんのために、おばあちゃんが丹精こめて育てたレンコンを持ってきてくれました。おかあさんがレンコンの“ふし”をストーブにかけているあいだに、うしおくんが、レンコンの穴からむこうを覗いています。そこに見えたものは…
 おや、おばあちゃん家の蓮の田んぼが見えますよ。その蓮田の広くて見事なこと(はるか向こうまで広がる蓮田が色彩豊かに描かれています)。うしおくんは、覗いているうちにレンコンの国に入

っていきました。そこではすひめちゃんに連れられて、いっぱい楽しく遊んで…
 「うしお……」、お母さんの声に目が覚めました。お母さんが言いました、だいぶよくなったみたいだね、って楽しく(O)。 

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  057
  10+1ぴきのかえる 

  この『10+1ぴきのかえる』(間所ひさこ・さく、仲川道子・え、PHP研究所、1982年)は、日本の蓮の絵本や童話としては仏教色がなく、その意味では新しい創作といえるでしょう。
 ひょうたん型の沼の西側から、かえるの女の子が1ぴき、蓮のボートにのって流されてきました。沼の東側にすむ10ぴきのかえるたちが力をあわせて、女の子をもとの西側へと送っていきます。そこは、ほっかりほっかりと蓮の花がさいていて、すてきなところでした…。
 可愛らしい、ユーモラスな絵と、ほのぼのとしたお話で、4〜5歳くらい向けの絵本でしょう。
 蓮と蛙との組み合せは、同じように水生の植物と動物のせいか、絵画や置物にもよく見かけます。この『10+1びきのかえる』は、その後の25年で36刷ですから、とても人気のある作品です。

全国学校図書館協議会の選定図書にもなっています。ちなみに、作者は「10ぴきのかえる」シリーズを次つぎと出していますが、蓮の絵があるのはこれだけです(I)。

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  058
  韓国にも蓮の絵本がある?

   たくさん、あります。古典を1つだけあげれば、『沈清伝』(シムチョンジョン)でしょう。その内容は、親孝行な娘さんの沈清が、貧乏な父親を助けるために、人身御供となり海に身を投げます。ところが彼女は龍王に助けられ、蓮の花につつまれて生還、幸せな結婚をする、というものです。
子供むけの絵本は、3冊あげたいです。まずは『とりよ とりよ』(チェミマジュ企画、1996年)で、燕・鶴・雀・雁などが登場します。特筆すべきことは、その挿絵がすべて大学や美術館、国立中央博物館などに所蔵する名画だということです(写真、次頁)。こんなぜいたくな絵本がほかにあるでしょうか!?
韓国では、蓮の絵は吉祥のシンボルです。蓮とカワセミには太平の世が、蓮と白サギには科挙の合格を、鳥がつい
む蓮の実には多産が、祈願されています。
由緒ただしい名画とは、いささか画風が異なるものに民画(みんが)があります。
 それは14〜20世紀にかけて流行し、庶民の暮らしに根づいた生活画です。
『谷間の物語』(モクスヒョン企画、1995年)は、そうした民画で構成された傑作です。谷間の池に蓮が1輪、2輪と咲いて、池に魚や鳥、動物たちが来て、蓮の花の村になります。そこへ旅の絵

かきがやって来て、村人のために民画を描いてくれる …。
『うさぎのねがい』(チェミマジュ企画、1994年)も、民画で構成された絵本です。虎につかまった兎が知恵をしぼり、他の動物や魚の願いを虎に解説して時間をかせぎます。鶏は健康、亀や鶴は長寿、蓮池のオシドリは夫婦円満、蓮池ではねる鯉は子供の多幸を・・最後に、兎は脱出に成功します!
 いずれも邦訳のない韓国の絵本ですが、公共の図書館にはあるようです。どうか原本を手にとり、韓国の絵本にある名画や民画の蓮を味わってみて下さい(I)。

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  059
  レンコンの絵本

  レンコン(蓮根)をテーマにした絵本や童話は、ほとんど目にしたことがありません。この『レンコン(ハス)の絵本』(おざきゆきお・へん、ささめやゆき・え、農文協、2008年)は、そうした意味では画期的な作品です。
レンゲ(蓮華)の童謡から、2000年のときを越えて咲いた大賀蓮、仏教との関係、植物的な解説、レンコンの種類や栽培ごよみ、自分で植える場合の注意、観蓮の楽しみ、レンコンの収穫、碗蓮のこと、食用や薬用としてのレンコンなど、じつに多くの内容がわかりやすく表現されています。
全編にわたる絵は、ほのぼのとして、好感がもて、子供たちの理解を助けるでしょう。この絵本は「そだててあそぼう」シリーズの第78巻(全80巻)であり、版元の企画力が伝わってくるようです。
最後に、正直な話をさせてもらえば、蓮文化研究会に入会するまえであれば、感動しつつ、この本を読み終えたことでしょう。
発会以来の会員であるわたしには、大賀博士の肩書(第2頁)
や、ハスの原産地をインドとすること(第4頁)、花が2日目に満開になる(第25頁)など、作者の勉強不足が見えてしまいます。
 印刷するまえの原稿を、だれか実力のある人に見てもらえば、そうした初歩的なミスは防げたのでは、と残念でなりません(E)。

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  060
  くもの糸

 「ある日のことでございます」という語りから、静かにこの話は始まる。登場するのはお釈迦さま、蓮池を、朝の散歩中である。ふと、池のなかをのぞくと、カンダタという罪人が地獄の底でうごめいている。
 悪事の限りをつくしたカンダタにも、1つだけ、善い行いがあった。それは小さなクモの命を助けてやったことだ。それを思いだしたお釈迦さまは、くもの糸を池から下ろして、彼を地獄の血の池から救ってやることにした…。
 この先のストーリーは、誰もが知るとおりである。くもの糸にすがる後続の者に向かい、カンダタが「この糸は、おれのものだ!」と叫ぶと同時に、ぷつりと糸はきれ、全員がまた地獄の底へ…。悲しそうなお釈迦さまの表情。
 あまりにも有名な芥川龍之介の短編である。大正期に活躍した芥川、その前期の作品群には古典に題材をとったものが多い。芥川には9編の童話がある。『くもの糸』の原題は『蜘蛛の糸』であり、 『赤い鳥』創 刊号(大正7年、1918)に発表されたもの。
今回、ここに紹介したのは「新世研」発行(平成15年、2003)の『くもの糸』であり、全ページに描かれている絵は藤川秀之が担当している。極楽の蓮池や、くもの糸をよじ登っていくカンダタの心の動きが、その表情の変化に見事に描かれている。漢字にはふりがながつけられ、装丁もしっかりしている(D)