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  031
  
蓮の花にはどんな色があるか

 蓮の花の色のことは、すでに003(原始の蓮の花)で触れました。それは大きくは、赤ないし白の花を咲かせる東洋種(N, nucifera)と、黄色の花をさかせるアメリカ種(N, lutea)の2つに分けられます。
 詳しく見ると、蓮の花は、赤色から桃、紫、黄色、緑まで、なかなか多彩です。これらの色は蓮が持っている色素と関係しています。色素の中で主なものは、フラボノイド、ベタレイン、カロチノイド、クロロフィルの4種類です。それらが複雑に作用し合い、様々に発色するのです。
 赤や桃色の花には、フラボノイドが関与しています。フラボノイドとは、アントシアニン、フラボン、フラボノール、カルコン、オーロンなどの色素の総称です。アントシアニンは、赤色から桃、紫、青、水色までを発色する色素です。カルコンとオーロンは濃い黄色や橙赤色になります。フラボノールは無色から淡い黄色までです。
 白い花の場合、フラボノイドは、淡い黄色のフラボンや、フラボノールが含まれています。だが、それらが白いのではなく、花弁の細胞間隔に空気が入り、白く見えるのです。白花の蓮の外弁には緑色が残っている品種が多くあります。黄色の花の色素にはカルコンやオーロンがあり、それ以外のフラボノールに比べて
黄色が強く、黄色から橙赤までの色を発現しています。ちなみに、マンサクやレンギョウの黄色い花には、各種のフラボノールのなかでもカルチノイドが多く含まれており、主にカルチノイドによって発色しています。蓮の黄花の場合も、カルコンやオーロンの作用で黄色が発現していると思われますが、目下のところ、それを確認できる文献がありません。
 ご存知のように、蓮の葉や茎はとくに緑色が濃いです。それは色素クロロフィルのなせる業(わざ)です。蓮の花は、とりわけ蕾のときに緑色です。また赤色の花の場合、開花するころには、蕾の緑色は薄くなりますが、外弁には緑色が残る品種があります。また、八重咲きの品種で、開花弁のなかに緑色の花弁が現われることがあります(M)。

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  032
  
蓮の花には模様がある

 あります。模様のように、蓮の花弁の一部がそれ以外の部分と異なる色をしている場合があります。また、そうした花弁たちが全体として、ある種の模様のように見えることがよくあります。
 酔妃蓮(すいひれん)は、1日目は淡いピンク色の花弁ですが、2日目には白地の花弁の先端から縁辺にかけて濃いピンク色になります。瑞光蓮(ずいこうれん)の花弁も、白地ですが、その先端から縁辺にかけては濃ピンクです。どちらも江戸時代には確認されている品種であり、婦人が爪に紅をほどこした化粧にちなみ、爪紅(つまべに)に分類されています。
 天竺斑蓮 (てんじくまだらはす)や一天四海(いってんしかい)は、斑蓮(まだらはす)に分類されています。その理由は、白地の花弁の先端から縁辺にかけて、赤紫色の斑が発現するからです。 

 また、花弁の裏と表とでは模様が異なり、その大きさも異なることがあります。このように、花弁の輪郭がいちだんと鮮明になり、斑状になります。花弁そのものは白色ですが、紫色ないし赤紫の周辺との対比が美しく、愛好家が少なくありません。なお、中国種
で八重の大灑錦 (たいさいきん) は、1980年に確認された品種です。その花弁は約百枚、白っぽい花弁の外縁には赤い、大きな斑が各弁に入り、「絶品」 と称されています (M)。なることがあります。このように、花弁の輪郭がいちだんと鮮明になり、斑状になります。花弁そのものは白色ですが、紫色ないし赤紫の周辺との対比が美しく、愛好家が少なくありません。なお、中国種で八重の大灑錦 (たいさいきん) は、1980年に確認された品種です。その花弁は約百枚、白っぽい花弁の外縁には赤い、大きな斑が各弁に入り、「絶品」 と称されています (M)。

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  033
  どんな「触覚の蓮グッズ」があるか

 あります。双彫蓮房活蓮子(そうちょう・れんぼう・かつれんし)。これは勝手につけた名前です。それというのも、数年前、広東の夜店で買ったことは覚えているのですが、どう呼ぶかは聞き忘れたからです。なぜなら、例によってですが、こちらは値切るのに必死で、あちらは防衛に必死で、値段こそが第一だったのです。
 それでも安くはなかったのですが、後悔していません。居間の片すみに置き、ときに取りあげては、手で握りしめているからです。手のひらに、2つの果托と、それを結んでいる輪をのせ、ニギニギすると、可動式になっている蓮子が、心地よく刺激してくれます。
 保定(ほてい、河北省)の「古蓮花池」については、『蓮文化だより12号』に出色のレポートがあります。保定には「三宝」といわれる特産があり、その1つが「鉄球」です。大小2個の鉄製の球で、ちょうど手のひらに乗ります。それを回転させながら、手のひらを
刺激します。触覚的に心地いいだけでなく、2つの鉄球から発する音色は「耳の福」にもなります。別名は、健康球。
 さて、わが双彫蓮房活蓮子ですが、双(ふた)つ彫りの蓮房(れんぼう、果托)と活(うご)く蓮(はす)の子(み)とでも読んでください。材料はたぶん柘植(ツゲ)で、細工はかなりのレベルだと、自画自賛しています(G)。

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  034
  
視覚で楽しむ蓮グッツありますか

 あります、数えきれないほど。「蓮グッズ」というからには、視覚で楽しむとしても、絵画や陶磁器の蓮はいちおう除外します。もっと身近かにあり、その気になれば、自分のものにすることも可能、そんなアイテムです。
 まず第一は、やはり材料は全部「蓮」ということで、この(写真の)蓮人形です。作品名は「売薬さん」、作者は三鍋昭吉さん(富山県に在住、本会の会員)です。時雨(しぐれ)のなかでしょうか、木枯らしに吹かれてでしょうか、笠を深くかぶり、合羽(かっぱ)をひるがえしながら・・富山の薬売りは、子供心にも、紙風船とともに印象的でした。
 この蓮人形は、雨合羽は小さな果托、台座は大きな果托、笠は蓮の葉の中心部…と、オール蓮なのです。三鍋さん自身が、「コロンブスの卵」にたとえる蓮人形です。枯れた果托を、ひっくりかえすと、行路の人物に見える、と。形象はほぼ同じで、杖をつき、やや短かめな合羽をきた作品に、「山頭火」(さんとうか)があり
ます。三鍋さんの会心の作でしょう。「分けいっても分けいっても青い山」(昭和15年作)で知られ、酒を愛した放浪の俳人・種田山頭火。
 いずれも高さ横幅ともに約10センチ、軽く、手のひらにのるほどの蓮人形ですが、見飽きることはありません。三鍋さんのことは、『蓮文化だより7号』(2002年)に、ご自身が語っていますから、そちらを一読ください(G)。

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  035
  どんな蓮フードがある

あります、たくさんあります。これまでも葉や花のお茶(027)、レンコンなどの調理法(028〜030)、実の食べ方(032)などの紹介がありました。
蓮フードと名づけていいものに、藕粉(ぐうふん)があります。藕は中国語で、レンコンのこと。それを昔ながらの製法で、ちょうど日本の吉野葛(くず)のように作ったものです。ある人から「中国みやげです」といただき、さっそく賞味しました。
 すぐに思い出したのは、幼少のころ、風邪をひいたときに、母親がつくり呑ませてくれた葛湯(くずゆ)の味でした。これがご縁となり、その後も中国産の藕粉をいただくのですが、冬のために温存してあります。
 それというのも、寒い冬の夜など、寝るまえに、葛湯のようにしていただくと、体が温まり、よく眠ることができるからです。この藕粉には自然の甘みがあり、生姜のしぼり汁をたらすと、さらに美味くなります。
 「レンコンの粉のラーメン、知ってる?」と聞いてきたのは、蓮キチのMさんです。なんでも、あの水戸黄門さまが日本で最初に、蓮根の粉でこさえた麺類を食べた人なのだそうです。
その物語は、こうです。
 日本では江戸時代の初期、中国では明朝にかわって清朝となりました(1644年)。滅ぼされた明の学者で、朱舜水(しゅしゅんすい)という人が日本に帰化し、水戸藩が面倒をみたのだそうです。この朱さんは学問的な影響だけでなく、一般の生活についての知識も伝えてくれました。その一つが、藕粉を用いたラーメンで、水戸藩主の徳川光圀(黄門さま)が召しあがったというのです!(ホントかしら?)
 わたしがこれまで賞味した藕粉は全部、中国のものです。日本の藕粉があったら、どなたか、教えてください。味くらべをしてみたいのです(E)。

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  036
  造花の蓮の花がありますか>

 あります。蓮の造花(つくりはな)にも、蓮の人形や蓮の提灯と同様、見るべきものがあります。
 例えば、日本の国内で、最大の造花の蓮の花はどれ?と聞かれたら、答えていわく「それは、東大寺の大仏殿で、盧遮那仏が座っている蓮の花なり」です。花弁の高さが2メートル以上あります。また、盧遮那仏の前に飾ってある、青銅製の花瓶に生けてある蓮の花も大きいです。
 蓮の花は仏教が誕生すると、仏教と深く結びつき、仏前を荘厳(しょうごん)する花になりました。蓮の花が仏前に飾ってある古い図像は、敦煌の壁画に描かれています。現在では、寺院に行けば必ず仏前に、造花の蓮の花が飾られています。
 日本では仏花のイメージの強い蓮の花を、観賞用の蓮の花にすべく、努力しているクラフト作家がいます。花や木や果物などを、本物と見違えるほど忠実に再現しています。それはクラフト作家で、当会の理事である工藤愛子さんです。工藤さんの作る蓮の花
は、花や葉には絹布を、蓮根には樹脂粘土を、それぞれ用いているそうです。それらの作品を、すこし離れたところから見ると、生の蓮の花に見えるほどリアルです。特に実生(みしょう)から葉が出てくる作品などは、近くで見ても、本物かと思うほど精巧な作りです。
 『蓮文化だより12号』の表3を、工藤さんの作品の写真が飾っていること、お気づきですか?(Z)。

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  037
  
蓮の葉を、象鼻杯にするには

 この象鼻杯は、観蓮会における高尚で、優雅なおもてなし作法ですが、形だけの方法が流布していて、気がかりです(第三者が蓮の葉を持ち、当事者は吸うだけ)。味わい深い象鼻杯のやり方を述べます。
 蓮の葉を、腕の長さくらいの茎をつけて切り、棘を除くため、茎の終端の皮を4、5cm程剥きます。もし茎が葉の手前で60〜90度くらい曲がっているものがあれば、理想的です。
 葉の中心部(うら側に、茎のある部分)に、楊枝などで2〜3つ穴を開けます。手のひらを、葉のうら側にあて、茎を中指と人差し指で挟みます。もう一方の手で、茎の端を持ち、口に添えます。そして葉のうえに、酒を注ぎます。
 飲み方は、葉を、口の高さよりやや下にし、それを揺らし、酒を玉のように転がします。目の福です。それから静かに吸いこみます。口の福です。
 その動作があたかも、象が悠然と鼻から水を吸いこむ姿に似ていることから、象鼻杯の名があるのです。
蓮の葉の茎を折ると、かなり苦い、白い液が出ます。それ
 がアルコールに溶け、蓮の香りと味が呼吸器系や消化器系を通じて、一瞬のうちに体内に浸透する、そんな気がします。その心地はまるで、世俗にいながら、高雅な世界へと瞬間移動したかのようです。この象鼻杯には、疲労をいやし、雅趣に富んだ爽快な風情があります(T)。

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  038
  藕絲というのは何か

 それは文字どおり、藕(レンコン)の絲(いと)のことです。この「蓮のQ&A」Cグループ027(蓮通信では、第37号)にあるように、こと蓮に関しては、日本語は中国語にくらべるとアバウトです。荷ないし蓮がハス全体を、ハスの花は荷花か蓮花、レンコンは藕と、明らかに区分する中国語です。
 藕絲(ぐうし)は、食卓でだれしも経験するように、レンコンからでる細い、白い糸のことです。それは「関係がつづく」ことに譬えられて、歓迎されることは、日本も中国も同じです。
 絲はもともと、絹糸のことです。光沢をもつ美しさがあり、高級な絹になぞらえられたのは、ハスの糸の名誉です。
 ところが、実際の藕絲はかなり複雑です。藕絲の別名に、蓮絲(れんし)などとあるように、あの糸(すなわち繊維)は、葉の茎からも、花の茎からも取れるのです。茎を折ったことのある人なら、それを実感しているでしょう。
 ハスの繊維の実態は、細胞の壁のおもな成分であるセルロースです。それはブドウ糖が鎖状につながったもので、糸状で取りだすことが可能です。この細ながい繊維細胞こそが植物を形づくり、弾力性を保証しているのです。
 ハスの茎では、維管束(いかんそく)に繊維細胞が集中しています。そこから取りだした糸をつむげば、藕絲となります。古来、それは手作業で行なわれ、また近年は苛性ソーダで煮ることにより、貴重な藕絲がわずかに入手できました。
 『蓮文化だより9号』40頁(2005年)にあるように、大賀藕絲館(町田市)の梅原隆館長(会員)らは、微生物を利用したハス繊維のとり方に成功し、環境にやさしい方法として注目されています。
かの有名な「当麻寺の曼荼羅」(藕絲織?)のことや、最近の藕絲による製品のことは、以下の項にゆずります(G)。

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  039
  藕絲ないし蓮絲による製品は

 藕絲すなわち蓮絲で作られたものは、歴史的には、有名な「当麻曼荼羅」など(その実際は、次項で)、仏教に関係したものが少なくありません。それは日本における蓮文化の一面を示しています。
さて現在のことに目を向けてみましょう。すぐに思いだすのが、大賀藕絲館(東京都町田市)のことです。そこでは、縦糸に絹糸を、横糸に蓮糸を用いた「藕絲の香袋」が作られています。梅原館長が『蓮の話』1号に寄せた「大賀藕絲館」によれば、40sの蓮の茎から、2gしか蓮糸が採れないとあります。
 藕絲を紡いで糸にすることは、ほんとうに気の遠くなる様な作業だろうと思います。同館には茄糸(かし)織のコースターがあります。それは大賀蓮の茎から採った繊維を縦糸に、麻を横糸にしたものです。
仏教の国ミャンマーには、蓮の布製品があります。インレー湖に自生する蓮の茎から採った蓮絲の織物で、少しゴワゴワした感触です。 蓮の原産地を自任するインドには蓮絲のショールがあ
、り、東京でも売られています。それは絹糸を縦糸に、ベンガル産の蓮の茎からとった蓮絲を横糸にして、織りあげたものです(前頁)。
韓国のソウル郊外では近年、地元の蓮の茎からとった蓮絲を用いて、ショールなどを織りあげ、お土産として売っています。
日本では、2002年、新潟県の十日町市にある織物問屋が、経糸も緯糸も藕絲による「帯」をつくり話題になりました。また、わが会の会員・山本貢氏(京都)が藕絲の和服に挑戦しています(K)。

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  040
   藕絲で、曼荼羅が織れるか

 これはかなりデリケートな問題です。
 かの有名な国宝「当麻曼荼羅図」原本は、蓮(藕)絲で、中将姫が一夜のうちに織りあげたという伝説があります。それは約四メートル角の大きなものです。
 その製法と過程は、当麻寺が伝える「中将姫物語」にあるものとして、長期間、親しまれ、信じられてきました。
 昭和14年、古美術自然科学研究会が赤外線写真、X線撮影等をおこないました。これに参加した大賀一郎先生の報告では、「絹糸の綴れ織である」との結論で藕絲は確認されませんでした。現存する最古の藕絲織とされているのは、北九州市小倉の福聚寺にある「藕絲織霊山浄土図」です。寛文9年(1669年)小笠原忠真の供養のために、夫人が奉納したものです。紺色の絹地に、藕絲の緯(よこ)糸で模様を織り出したということです。

 大賀博士が藕絲織といわれているものを調査した結果や、布目
順郎氏の報告によると、経(たて)糸、緯糸とも絹糸のものと、経糸は絹糸で緯糸が藕絲のもの、両方があります。大隈重信侯の母・三井子が各地の寺院に奉納した「藕絲育児観音」がまだ現存しています。それらは藕絲の錦織だということです(右)。
 このように、藕絲で曼荼羅を織ることは可能だと思われます。同時に、それに必要な材料や時間、エネルギーを考えると、気が遠くなりそうです(K)。